江戸指物
板と板・板と棒を〈ホゾ〉と言われる組み手(仕口)により指し合わせることからきた名称。
江戸時代のころより江戸の消費生活の向上と共に箪笥、鏡台、道具箱などの指物類を製作する職人を全国から集め、優れた技術を競い合ったと言われます。
武家用、商人用、歌舞伎役者用、茶道、香道などともに発達し、「桑・欅(ケヤキ)・桐・杉・梻(タモ)・黄檗(キハダ)・献保梨(ケンポナシ)・槐(エンジュ)・栓(セン)・黒柿」など杢目がはっきり綺麗な良材を使い、拭き漆(5〜10回ほど塗ってはふき取る)など木目を生かし、板の厚みも薄く細身に上品に作り上げ、大きな金具はあまり使わないのが特徴。
祖父松太郎が新潟より小学校三年生で台東区根岸の清水辰五郎さんの所に弟子入りし、25歳で独立、竜泉に仕事場を構えたのが始まり、父昇、私と三代続いています。
昭和の始めごろは茶箪笥屋、鏡台屋、火鉢屋など専門に分かれていましたが、清水辰五郎さんの所は桑、欅、杉、桐などの銘木を使い何でも作り上げられる腕の良い職人でした。そこに祖父が一番弟子でしたから、むずかしい仕事を一番あたえられ、メキメキ腕を上げたそうです。
その技術は今に伝わり創意工夫され現代の道具を製作しています。
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